特集 大学での学びの内容を知る①
今回から「大学での学びの内容を知る」をテーマに大学の先生方のインタビューを交えながら大学での学びについて紹介する。第1弾では「環境工学・環境科学系の学び」を取り上げる。この学問分野では、人類の活動に端を発する地球規模の問題に対して、従来の文系・理系の枠組みを超えたアプローチで改善に向けた取り組みがなされている。今回の特集では、立教大環境学部、立命館大理工学部環境都市工学科の学びの内容を紹介する。
1⃣環境工学・環境科学系の学びの実例~立教大環境学部~
立教大は、1874年にアメリカ聖公会の宣教師チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教が設立した、聖書と英学を教える私塾「立教学校」を基礎として「普遍的なる真理を探究し、私たちの世界、社会、隣人のために」という建学の精神に基づき、リベラルアーツ教育を行っている大学である。環境学部は2026年4月に新設されたばかりの学部で、世界中で深刻化する環境問題を自然と人間の関係という複合的な視点でとらえ、公正で持続可能な社会への変革に貢献する、次代の「環境リーダー」の養成を目的として、池袋キャンパスに設置されている。自然科学・社会科学・人文科学の知識を横断的に身につけ、すべての人にとって公正な社会を目指す「環境正義」の考え方に基づき、対話と協働の関係を築きながら環境問題の解決に行動できる人材の育成を掲げている。
具体的なカリキュラムは、1・2年次では人文・社会科学、自然科学・工学、環境総合などから、自分の興味に合わせて文理横断的にそれぞれの基礎を学ぶ。それとともに、「リベラルアーツとしての環境学原論」では環境問題の解決と持続可能な社会の実現に向けてどのような役割を担うのかをともに考える力を、「環境フィールドスタディ」では実際のフィールドを訪れて、環境をあらゆる側面からとらえる力を養っていく。また、1年次から開始される「環境リーダーシッププログラム(EL1~EL4)」では、持続可能な社会づくりを進めていくうえでなくてはならない「対話」と「協働」を導くリーダーシップを育む。
<立教大学環境学部環境学科 森朋子准教授インタビュー>

研究の概要
廃棄物・資源循環の分野で特に力を入れてきたのは、災害時に出てくる瓦礫や、被災された方が出すごみのような『災害廃棄物』と呼ばれるものの研究です。ただし、私の研究対象は現地でごみを技術的にどう処理するかという問題ではありません。災害時の混乱した状況下でも、適切にごみを処理できる自治体職員を育てるにはどうすればよいのか、という問題に主眼を置いています。
私の災害廃棄物に関する研究の転機となったのは東日本大震災です。東日本大震災で出たものすごい量の瓦礫やごみは、3年間かけて処理されましたが、このような災害廃棄物の処理の責任主体は基礎自治体、つまり市町村にあります。あの膨大な量の災害廃棄物を、みずからも被災した町や村が、法律上は処理する義務と責任を負っているのです。現実的には当然無理があるので、県や国が協力して一緒に処理することになりますが、当事者である被災した基礎自治体の職員が多くの場面で対応を求められることになりました。
日本ではその後も大きな規模の地震が複数回発生していますし、今後も来る可能性が高い国です。また、気候変動が進み、毎年のように豪雨災害が起きています。こういったそれぞれの災害のたびに、基本的には基礎自治体の職員がごみを処理する必要に迫られます。こういった災害廃棄物は普段扱っているごみとは量も質もあまりに違うので、いざというときに対応できるように研修をしておく必要があります。その研修をどう設計すれば、普段扱っていない量や質のごみが発生しても自治体の人が最低限対応できるようになるか。その研修プログラム作りが、私の研究の柱の1つです。
防災の世界では以前から、職員向けのワークショップや図上演習、訓練などいざというときのための対策が行われてきました。しかし、災害廃棄物の分野ではそういった研修プログラムのようなものはなく、教科書的なものにとどまっていました。そこで防災分野の知見を借りながら、災害廃棄物の世界では初めての参加型・図上演習型の研修プログラムを国立環境研究所と一緒に作りました。
知見の集積にあたっては、実際に現場で災害廃棄物の処理に当たられた自治体の職員の方々の力をお借りしています。実際に処理を行う中で必要だったものや困った経験の記憶は、次に起こる災害での廃棄物対策のカギとなる情報です。ただし、自治体の職員には数年ごとに部署異動があるため、そのままにしておくと現地で積んだ非常にリアルな知見が共有されないまま、職員がそれぞれ別の部署に散っていってしまいます。そこで、災害が起きて現場が落ち着いた後に、処理に当たった方々のところへ取材や研究協力のお願いに行きます。地震では瓦礫の出方や質により適切な処理方法や処理順序が変わってきます。また、水害等ごみの処理が必要となる災害は地震の他にも発生していますが、災害の種類によってごみの性質は変わります。それぞれの状況で何に留意して処理すべきかを聞き取り、災害の種類に限らず共通して学んでおいた方がいいことを整理しています。このように知見をもとに作成した研修プログラムを、現在は多くの自治体で実施していただいています。
こういった災害廃棄物の研究を行う中で、最近では自治体職員だけではなく、ごみを出す市民の方にも理解いただかなければならない場面が増えてきました。災害というだけで非日常なのに、その災害で出すことになるごみのことまで考えてください、と言われると負担に感じるかもしれません。しかし、命が守れたあと次に直面するのは、目の前に散在している瓦礫を、自治体と協力しながらどう片づけて、日常を取り戻していくかという問題です。こういった問題意識から、災害時の市民の役割や、適切にごみを出すために理解しておきたいことを伝える市民向けワークショップにも取り組んでいます。
廃棄物とは別の軸で、現在主軸になりつつあるのが、シティズンシップと人づくりを掛け合わせた中学生・高校生向けの環境教育プログラム『シビック・アクションプログラム』の研究です。
学校での環境教育では、多くの学校で『明日あなたには何ができますか』と先生が問いかけ、最後にワークシートに『ごみの分別を頑張ります』『電気を消します』と子どもに宣言させて終わる、というような形式が多く見られます。
しかし、温暖化のような問題はもはや一人ひとりがこまめに節電すれば解決するという段階ではありません。社会の構造的な変化を伴うアクションを起こさないとどうしようもないところまで来ています。プラスチックをめぐる問題についても、一人ひとりがマイバッグを持ち寄る、といった取り組みも価値ある行動ではあります。ですが、解決という視点では、そもそもプラスチックがスーパーや物流の中で大量に使われている仕組みそのものを変えていかないと間に合いません。ルールや仕組みを変えることで根本的に環境負荷を減らしていかなければ、解決が間に合わない事態まで来ているのです。
人と協働したら何ができるか、そもそものルールがおかしいのではないか、ルールや仕組みを変えた方がいいのではないか、という発想に基づいて、個人で頑張るだけでなく、人と協働して社会に働きかけるアクションをやってみよう、という教育プログラムがシビック・アクションプログラムです。
例えば学校でよく実施される『給食の食べ残しを減らそう』という取り組みについて取り上げた際に実際に中学生から出たアイデアでは、学校ごとに給食の残量を記録して地域全体で競争するコンテストをやってみたらどうか、ルール化してどうしても残ってしまった残量を地域の農家に堆肥として提供する仕組みを作れないか、といった案がありました。『給食は残さず食べましょう』のような個人のアクションに落とし込むのではなく、いろんな人を巻き込みながら解決する、ルールを作る、仕組みを作るということに目を向けてもらうプログラムです。
このプログラムではアクティビストやリーダーを作りたいわけではありません。リーダーになる子は放っておいてもリーダーになります。むしろ、メッセージを発信している人の話をアンテナを張って聞く力、自分はリーダーになるのが苦手でも、フォローやサポートの仕方はあるという理解を深めて、社会を改善する活動に自分自身がどう関われるかを、それぞれの生徒の個性を基に考えてもらうのがコンセプトです。
授業は基本的に5~6人のグループワークで進めます。ただ『協働的なアクションを考えてごらん』と言っても、その時点では頭が固まっていて、環境問題といえばごみの分別や節電しか出てこない状態です。そのため、最初に解きほぐしの授業をする必要があります。『個人のアクションに必ずしも落とし込まなくていい』『世の中にはこんなにいろんな活動をしている人がいる』ということを講義と手を動かすワークを通じて伝え、発想を広げてもらいます。
その上で、それぞれの学校がやりたいお題に対して解決策を考えてもらい、考えて提案するだけでなく、実際にそのアクションを地域の人に向けて実行するところまでを大切にしています。その中では、失敗するチームも当然出てきます。人が来なかった、声をかけたけど断られた、という経験はつらいですが、このような、社会に出て何かを提案したけれど望んだ反応を得られない、という場面はたくさんあります。義務教育の中で1回最後まで転ぶところまでやってみて、その後しっかりフィードバックをして、次にうまくいくためにはどういう作戦が良いのかを考えるところまでやってみる、というのが重要だと考えています。
シビック・アクションプログラムが6年目に入り、いくつかの学校で自走し始め、研究としてもある程度形になってきました。そこで今まさに挑戦しているのが、『コンフリクト(衝突)』を扱った教材開発です。北欧の国などでは、学校で議論する環境問題のお題が、気候変動や食品ロスといった抽象的なテーマではなく、その地域で現在進行形で『揉めている』問題なのです。
例えば、ある地域で稼働している工場に対して、賛成している人もいれば反対している人もいるような状況を考えます。工場で給料をもらって家族を養っている人もいれば、そこで生活する者として工場による環境負荷の増加を心配している人もいる。街の中に当事者がいて、立場によって見え方が変わる問題を中学生が議論する、ということを1990年代からやっています。

こういったテーマでは、どちらの意見もそれぞれが自分の立場を全うするだけの理由を持っていて、意見の片方を正義とした1つの結論にまとめることは困難です。そのため、学校の先生としても扱いづらい、ハードルの高いテーマです。しかしながら、環境問題の最前線はまさにコンフリクトに直面している状況だらけです。環境教育に携わる者として、コンフリクトを扱うことは乗り越えるべきハードルだと感じています。
コンフリクトは環境問題の現場に切れ目なく落ちていて、それを事例として収集し、どういう構造で何が原因で対立が起きているのかを整理すれば、教材になり得ると考えています。実際の環境の現場で起きた、あるいは現在起きている衝突を、地名や人名が特定できない程度に単純化した上で、中学生や高校生が当事者の1人になった時にどう判断するのか、衝突にどう対処すればいいのかを考えるプログラムを、プロジェクトとして開発しています。
現代では、衝突したら衝突しっぱなしで、反対している側の意見は見ないことにして距離を取るケースが増えています。私の学生もそうですが、衝突になる前に避ける、苦手な人とは関わらない、という姿勢が増えています。その結果として分断が起きてしまう。
何の関わりも持たなくていい関係であれば分断も1つの答えかもしれませんが、環境問題の現場では、どんなに相手の言っていることに納得できなくても、なんとか解を出して前に進まないと、もっとひどい状況が起きるケースの方が多いのです。意見は全然違うけれども、お互いが『まあいいか』と思える落としどころをいかに見つけるかが重要になります。
これからの社会人にとっては、何でも自分の主張をやすやすと通せばいいとか、意見が合わない人を排除すればいいというのは、いい結果を生みません。自分とは違う立場、価値観、考えの人を相手にするとき、明らかに権力構造がある中で何か結論を出す必要があるときに、自分はどう振る舞うのか、合わない人たちとどうお付き合いしていくのかを考える必要があります。
こういった生々しい事例が環境分野には宝の山のようにあります。対処の仕方を理解した上で、意見が合わないからとりあえず逃げるのではなく、対話してみようという人が増えれば、それは環境問題に限らず、持続可能な社会をどう作っていくかを模索する人が増えることにつながります。今、あまりにも対立や分断がひどい世の中になりつつあるなかで、それを緩和する効果が長い目で見れば出てくるのではないかと思っています」












