特集 大学での学びの内容を知る②(スポーツ系) part3

特集 大学での学びの内容を知る②(スポーツ系) part3
特集 大学での学びの内容を知る②(スポーツ系) part3

この記事は「特集 大学での学びの内容を知る②(スポーツ系) part2」の続きです。よろしければそちらも併せてご覧ください。


2⃣ スポーツ系の学びの実例~同志社大スポーツ健康科学部~

同志社大は、1875年に新島襄が開いた同志社英学校を源流とし、150年を超える歴史と伝統を持つ、「キリスト教主義」「自由主義」「国際主義」を教育理念に掲げ、「良心教育」を建学の精神とする大学である。その中でスポーツ健康科学部は2008年に設置された、スポーツと健康のエキスパートの育成を目指して多角的な視点で専門のスキルを学ぶ学部である。スポーツ健康科学科の1学科で構成され、京田辺キャンパスを拠点とする。

 同志社大スポーツ健康科学部は、健康とスポーツ活動、およびそれらを取り巻く社会環境に関する知識と理論を総合的・体系的に修得し、地域・社会、学校教育、スポーツ関連産業、ヘルスケア産業などの現場で、専門的な立場から健康の維持・増進とスポーツの社会的発展に寄与・貢献できる人材の育成を目指している。具体的には、文理を問わず多様な関連領域から自由に科目を選択する履修システムをとっており、それぞれの関心に合わせた学習が可能となっている。また、希望進路や学修目的に応じて、一定の体系的履修が可能となるよう「健康科学」「トレーニング科学」「スポーツ・マネジメント」の3つの履修モデルを提示し、スポーツ医学や栄養学、生活習慣病概論といった基礎・予防医学に関わる科目、スポーツ運動学やトレーニング論、コーチング論といったトレーニング科学に関わる科目、スポーツ社会学やスポーツ政策論などのマネジメントに関わる科目を、系統的・体系的に学べるよう編成している。

デザイン図

〈同志社大スポーツ健康科学部 髙倉久志准教授インタビュー〉

■研究の概要

髙倉久志教授画像

「私が研究のテーマにしているのは、マラソンや長距離走、駅伝といった種目に関わる『持久力の向上』についてです。持久力は一定の力を継続して発揮し続ける能力のことで、短い時間にいかに大きな力を出すかという『瞬発力』とは対になります。この持久力を効率よく高める運動トレーニング方法はないだろうか、というのが研究の大きなテーマとなっています。

私の研究はアスリートや一般健常人を対象にトレーニング効果を検証するというやり方ではなく、実験動物を用いて運動トレーニングが主に筋組織内での遺伝子発現様相やタンパク質のはたらきにどのような変化を引き起こすのか、そして、それらの変化がどのようにパフォーマンスへつながるのかを見ています。たとえば、あるトレーニングを行い運動能力が向上する過程をより細かく見ていくと、筋肉の中でミトコンドリアが増えて、身体能力が変化し、それがパフォーマンスにつながっているのです。では、どのようなトレーニングをすれば、持久力に関わるタンパク質や遺伝子がより増えやすいのか。体の中で起こっている何が持久力を向上させるのか、という点に着目し、運動トレーニングによって体に生じている現象をミクロな視点からとらえているのです。

実際の実験では、実験動物(ラット)を対象として、一定期間ランニングトレーニングを実施させます。ランニングトレーニングを数か月実施したラットとそうでないラットでは、持久力がまったく違います。その差を出発点にして、運動トレーニングをした状態をさらに向上させるトレーニングプログラムはないだろうか、ということをいろいろな角度から調べています。

そもそもこういった研究を始めたのには、自分自身でのある思いがありました。スポーツやトレーニングの世界は、経験的、伝承的な要素が強い部分もあり、誰かが過去にやってみて良かったと言ったから、それがトレーニングとして定説のようになっていることがあります。けれども、それが本当に持久力を向上させる方向に体を動かしているのかどうかは、特にミクロな観点では実は調べられていないということもあったりします。私たちの世代は特にそうですが、『きつい、しんどいトレーニングほど効果が高い』という感覚も根強くあります。本当にそうなのか。個人の好みや精神論をいったん脇に置いて、持久力の向上を目的とした際に、身体にとって、とりわけ筋肉にとって効果的な運動トレーニングとは何だろうか?そう考えたことがこの研究の発端でした。

低酸素環境における細胞内の分子応答について

図5 低酸素環境における細胞内の分子対応について


最近、特に力を入れているのが低酸素トレーニングです。低い土地ではなく、空気の薄い山の上のような環境で運動トレーニングを実施するトレーニング方法です。ヒトでもアスリートが高地トレーニングを取り入れているという話を耳にされることがあると思いますが、その着想に近いものです。

ただし、一般的には低酸素環境ではミトコンドリアは減少すると考えられています。ミトコンドリアは酸素を使って効率よくエネルギー(ATP)を作る器官です。そのため、酸素が少ない環境では十分に働くことができず、多くのミトコンドリアを維持する必要がなくなるためです。実際、富士山を少し超えるような標高を再現した厳しい低酸素環境は、持久力の向上にはあまり効果がなさそうだということが見えてきています。そこで現在は、もう少し高度を下げた、標高1,500メートルから2,500メートルくらいの低酸素環境でトレーニングをしたときに、身体や組織の変化が持久力向上の方向へ動きそうかどうかを調べています。

もっとも、持久力に関わるのはミトコンドリアだけではありません。ミトコンドリア量の調節に関わる別のタンパク質もありますし、酸素を運ぶという意味では、周りの血管や、血液中の赤血球やヘモグロビンも重要です。ミトコンドリアは形態を変える性質があり、その変形に関わるタンパク質に注目する人もいます。筋肉を構成する筋線維にも、瞬発系のもの、持久系のもの、その両方が混じったものといった種類があり、運動トレーニングによってその組成が変わっていきます。心肺機能、たとえば横隔膜のような呼吸に関わる筋肉を研究される先生もいらっしゃいます。スポーツのパフォーマンスは、筋肉だけでなく、心臓や肺、血液など、さまざまな組織が協力して働いた結果として決まります。そのため、パフォーマンスが向上したときに、『どの組織の変化がどれくらい貢献したのか』を正確に見分けるのは簡単ではありません。一方で、研究では筋肉や腎臓など特定の組織に注目し、そこで起こる遺伝子やタンパク質の変化を調べることで、それらがパフォーマンス向上にどのように関わっているのかを明らかにしています。

こうしたことが細胞や遺伝子レベルでわかってくると、『なぜそのトレーニングが効果的なのか』を実験データに基づいて説明できるようになります。例えば、『このトレーニングではパフォーマンスは向上しているけれど、ミトコンドリアは増えていないので、それ以外の要因が関係しているのではないか』と考えることができます。また、少しだけ酸素が少ない環境ではミトコンドリアが増えやすいことがわかれば、どの程度の標高がトレーニングに効果的なのかを科学的に示せるようになります。これまで『きついけれど結果が出ているからやろう』というように経験や感覚で語られてきたことを、データで裏づけられるようにしたいのです。

よく『たくさん走れば走るだけ速くなる』といいます。それ自体は恐らく間違っていないのですが、ではそのとき生物学的に何が変わっているのかと問われると、現状の知識では、説明しきれないこともあります。陸上の世界では『足を作る』という言い方をしますが、それを生物学の言葉に置き換えると、何がどうなっているのか。まだわかっていないと思います。ミトコンドリアを増やすだけなら、短時間のきついインターバル系のトレーニングでも引き起こすことが可能ですが、それだけで5,000メートルやマラソンが速くなるかというと、決してそうはなりません。だとすれば、ミトコンドリア以外の要素が必ずあるはずで、それを見つけなければならない、という話を学生ともよくしています。

もう1つ、これは研究の難しさでもあります。私たちは研究によって『多くの人に当てはまる法則』を見つけ、それをトレーニングに役立てたいと考えています。しかし、オリンピックで金メダルを獲得するようなトップアスリートは、一人ひとりが唯一無二の存在です。そのため、誰にでも当てはまる法則を求める科学と、一人ひとりに合わせた指導が求められるスポーツの現場には、もともとギャップがあります。それでも、その両方の視点を持ちながら研究や指導に取り組むことが大切だと考えています」

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