特集 大学での学びの内容を知る③(化学系)Part3
この記事は特集 大学での学びの内容を知る③(化学系) part2の続きです。よろしければそちらも併せてご覧ください。
2⃣ 化学系の学びの実例
~佐賀大コスメティックサイエンス学環~
佐賀大は、1949年に旧制佐賀高等学校・佐賀師範学校・佐賀青年師範学校を包括し、文理学部と教育学部の2学部の新制大学として発足した、70年以上の歴史を持つ国立大である。文、教、経、理、医、工、農等の諸分野にわたる教育研究を礎にし、豊かな自然溢れる風土や諸国との交流を通して育んできた独自の文化や伝統を背景に、地域と共に未来に向けて発展し続ける大学を目指して、教育と研究の両面から地域や社会の諸問題の解決に取り組むとともに、アジアの知的拠点として国際社会への貢献を掲げている。現在は教育学部、芸術地域デザイン学部、経済学部、医学部、理工学部、農学部の6学部とコスメティックサイエンス学環で構成される。
コスメティックサイエンス学環は2026年4月、日本の国公立大学で初めて化粧品や化粧品に使われる医薬品に含まれる化学物質が、私たちの体とどのように関わるかを研究する「コスメティックサイエンス」を学べる組織として誕生した。理系・文系の枠を超えさまざまな学部の専門領域にまたがった幅広い分野を包括的に学ぶ学際的なカリキュラムが特徴で、単一の学部では得られない多角的な視野や発想力が養われる。また、佐賀県が推進する「コスメティック構想」と密接に連携しており、企業の研究者による特別講義や、実際の職場でのインターンシップ体験など、社会や産業のリアルなニーズに直接触れながら教室の内外で実践的に学べる機会が豊富に用意されている。
図4 佐賀大コスメティックサイエンス学環カリキュラムマップ

■化粧品を科学するということ
「私は化粧品につながるような基礎的な研究を行っています。化粧品は、多くの方が一生にわたって使うものです。使用することでより幸せになれる、そういうものに関わるからこそ、安全性がなにより大切になります。
ところが最近は、美白やしわの改善を目的として、体の生理機能に働きかける化粧品や医薬部外品がどんどん増えています。生理機能に作用するということは、体の仕組みそのものに影響するということです。一般的に薬は投与量が増えるほど作用も強くなります。期待する効果を持つ主作用と、期待しない効果は副作用と考えられていて、使用する量が増えればより効果が現れる可能性がある一方で、使いすぎると副作用も増える可能性もあります。実際に、美容効果を謳う製品が健康被害を起こす例がこれまでにもいくつも起きています。
だからこそ、化粧品を扱う技術者には、化学の幅広い知識と、安全性や体の仕組みへの理解の両方が欠かせません。化粧品を『きれいになれるもの』としてだけでなく、体に作用する製品として科学の目で捉えることがコスメティックサイエンスという発想です」
■徳留教授の研究
「私自身が取り組んでいるのは、皮膚の中に物を届ける『経皮吸収』の研究です。化粧品の有効成分は、狙った場所に届かなければ効果を発揮できません。ところが、皮膚には細菌やウイルスなどの侵入を防ぐ機能があるため、ただ塗っただけでは、物質はほとんど皮膚の中に入っていかないのです。邪魔をしているのは、一番外側にある角層という組織で、まるでラップのように皮膚を覆っています。皮膚に入りやすい化合物にはルールがあり、『分子量が500以下で、水よりも油に溶けるもの』がよく入るといわれます。たとえばビタミンCは分子量は小さいものの、水にしか溶けません。一方でビタミンAは小さくて油に溶けるので、比較するとビタミンAの方が皮膚に入りやすい、といった具合です。
そんな中で私が注目している成分として『ヒアルロン酸』があります。ヒアルロン酸は分子量が約120万ととてつもなく大きく、しかも水にしか溶けません。さきほどのルールからすれば、角層内に入ることは非常に難しい化合物なのです。それでも、皮膚の中に入るとさまざまな良い働きをするため、少しでも多く入れたいという需要はたくさんあり、化粧品会社での研究も盛んです。
最近取り組んでいるのが『イオンコンプレックス』です。プラスの電荷を持つものとマイナスの電荷を持つものは、混ぜると互いにくっついて丸い粒子ができる性質があります。ヒアルロン酸はマイナスの電荷を持っているので、プラスのものと混ぜると粒子になります。そして、通常の糸のようにほどけた状態のヒアルロン酸は皮膚の表面に残ってしまいますが、ぎゅっとボール状の粒子にすると、皮膚の中へしっかり入りこんでいきます。しかも、体の中に入ると、体内のさまざまな電荷の環境に応じて粒子がほどけ、元のヒアルロン酸に戻ると考えられます。外にあるときは粒子として存在し、中に入るとほどける、というわけです。
なぜ粒子にすると入りやすくなるのかを説明すると、角層は1枚の膜ではなく、細胞と脂質が積み重なった『レンガとセメント』のような構造をしています。レンガにあたるのが細胞、その隙間を埋めるセメントにあたるのが脂質です。糸のままのヒアルロン酸は、この構造のレンガにあたる部分を通ろうとしますが、うまく通り抜けられないため表面に留まりがちです。粒子にするとセメントにあたる脂質の方を通り抜けようと方針を変えるため、通り抜けに成功しより深く入り込めるようになるのです。この技術は化粧品業界からも非常に注目されています。
私の信条として、研究のための研究に終わらせず、基礎研究を必ず商品につなげたい、という想いがあります。これまでに紹介した技術についても、企業との共同研究として取り組んできたもので、開発した技術は実際に商品として応用されているものもあります。成果を論文にして終わりにするのではなく、化粧品を開発する企業が抱えている課題を解決して、基礎研究を商品に生かせるところに関わりたいと考えています」
図5 化合物の集合体形成図 図6 ヒアルロン酸が皮膚に入りこむ様子













