


大学での学びの内容を知る(理学系)➁


〈京都大大学院理学研究科地球惑星科学専攻 久家慶子教授インタビュー〉
日本に住む私たちにとって、地震は大きな脅威であるとともに身近な自然現象の1つとなっている。しかし地震の中には発生する原因が定かではないものもあるという。久家慶子教授はそんな地震の発生メカニズムについて研究を行っている研究者の1人だ。

■物理法則と数学で地球内部を「見る」
「地震は大きく、地表近くが震源の浅発地震と、より深い場所が震源の深発地震とに分けられます。そのうち、私は深発地震に特に興味を持って研究しています。浅発地震は、地球の表面を覆うプレートの動きによって生じるひずみを解消しようと引き起こされる急激な断層運動が主な原因で、地震の発生頻度でいえば、浅発地震の方が圧倒的に多いです。これらの浅発地震の場合、原因となった断層の一部が地表に現れることもあり、直接観察できることもあります。しかし、深発地震となると話は別です。深発地震は、地面の下数百kmという深い場所で発生するため、地中に潜って直接観察することはできず、起こっている事象についての観測が極めて困難です。
では、深発地震において『何が起きているのか』をどのようにして知るのでしょうか。そこで用いられるのが、地震波の分析です。地震が発生すると、P波やS波などの地震波が発生し、その地震波は地球内部を伝わります。私たちは地表に伝わってきたその地震波の波形を、各地に設置した地震計を用いて観測し、詳細に分析することで、地球内部の様子を『見て』います。地震波形は、一見すると複雑な振動の記録ですが、物理法則と数学に基づいて解読することができます。地震波の伝わる速度は、物質の種類や状態、温度によって異なるため、地震波形を分析することで、地球内部の構造や物質の特性を推定することもできるのです。深発地震の研究では、この地震波形の分析を使うことで、深発地震の特性やその周辺の構造を理解しようと試みています。具体的には、地球内部の構造や地震の特性を仮定したモデルを作成し、そのモデルに基づいて計算される地震波形と、実際に観測された地震波形を比較することで、モデルの妥当性を検証しています」
■事例からみる深発地震の発生メカニズム
地震計が設置され始めたのは1890年ころからなので、そのデータを収集できるようになってまだ130年ほどです。それでも、取得されたデータを分析することで地球内部の様子や深発地震の発生するメカニズムについてもさまざまなことが明らかになりつつあります。そもそも深さ数百kmで深発地震が発生していること自体、これらのデータで1930年ごろ初めてわかりました。また、プレートは海溝から地球内部に沈み込んでいますが、多くの深発地震はこの沈み込むプレートに沿ってその中で面状に分布していることが明らかになっています。地表で観測された地震波の波形データをもとに、深さ数百kmで発生している深発地震が、浅発地震と同じように断層運動で起こっていることもわかってきました。

深発地震の周辺にどのようなものがあるのかがわかれば深発地震のメカニズムについても解明が進むのではないかと期待しています。深さ400kmを超える深発地震のメカニズムについてはさまざまな説が提唱されていますが、現在最も有力とされているのが、プレートの沈み込みに伴う岩石の相変化に関係する説です。地球内部は深くなると圧力と温度が高くなり、深さ410kmになると、岩石は大きな圧力を支えやすい結晶構造に変化する(岩石の相変化)と考えられています。しかし、プレートが沈み込む過程で、プレート中の比較的『冷えた』部分は相変化せずに410kmを超えて深く沈み込み、その相変化していない岩石が相変化するときに断層運動を起こすという説です。一方、地球内部にある深さ660km付近の『660km不連続』は、岩石がさらに別の相変化をする場所と考えられています。相変化による説だと、『660km不連続』より深い場所では地震が起こらなくなります。
例えば、2015年に小笠原諸島西方沖で発生した深発地震は、この相変化による説を考えるために非常に興味深い事例です。この地震は、これまでの深発地震の面状の分布から外れた場所で発生し、その深さも約680kmと非常に深かったことが特徴です。この地震の余震の分析から、『660km不連続』と呼ばれる場所とこの地震との位置関係が推定され、地震が『660km不連続』より深い場所で起こったことがわかります。この際も『660km不連続』をいろいろな深さに仮定したモデルを作成して、実際に観測されたP波の波形を比較することでより確からしいモデルを判定しています。この結果は、相変化による説に必要となる条件や、別の説の可能性について貴重な情報をもたらします。深発地震のメカニズムは、まだ完全には解明されていませんが、着実に研究が進められています。今後も地震波形分析技術の進歩や、地震観測網の海域などへの展開、観測技術の進展によって、将来的にはそのメカニズムが明らかになることが期待されます」
■京都大理学部における学び、卒業後の進路
京都大理学部では4年次の必修科目として卒業研究が設置され、その後、約8割の学生が大学院修士課程に進学して引き続き研究を行う。久家教授のもとで学ぶ学生はどのような研究を行っているのだろうか。
「現在修士課程で研究に取り組んでいる学生は火星で起こる『火震』を対象として扱っています。NASAが2018年に火星に送り込んだInSightという探査機は地震計1台による観測も行っていて、火星の内部で火震が発生していることを発見しました。地球上に張り巡らされた地震計から得られる情報量とは比較にならないものの、2022年にミッションを終了するまでの間に取得した地震波のデータがあるので、それらを分析して火星の内部の様子や火震のメカニズムについて研究をしています」

■受験生へのメッセージ
京都大理学部を目指す高校生はどのようなことを心がけるといいのだろうか。久家教授に聞いてみた。
「身の回りの現象やいろいろな物事について素朴に疑問を持つことだったり、その疑問に対してどのように調べたら解決できるのかを自由に考えてみたりすることがよいのではないでしょうか。基礎知識を勉強して与えられた問題を解くことも大事なことではありますが、研究をするようになると、物事の何が謎なのか、それに対してどのようにアプローチをしていくのかを自身で考えることが求められます。好奇心や興味をもつこと、自分でしっかりと考えることは大切だと思います。
私の場合は、高校生のころから好きだった数学や物理を武器として使って、地球という、とてつもなく大きなものの謎を解明できることに面白みを感じてこの道を選びましたが、同じように数学や物理が好きで地球だったり宇宙だったりといった大きなものに興味がある人にとっては、理学部は面白い場所だと思います。また、地球に興味があるけれど数学や物理は苦手という人であっても大丈夫です。異なった手法での研究も行われているので、自分に合った武器を見つけられます。高校での地学の履修は必要ありません。地球に興味がある人はぜひ進路として考えてみてください。
京都大理学部には、他にも、たくさんの研究対象があり、多くの優秀な研究者が多様な手法で取り組んでいます。それらを間近で見ながら、いろいろと勉強していく中で、進路選択をできるのが良いところです。今はっきりとした興味の対象が決まっていなくても、数学や理科が好きな人にはぜひ目指してもらいたいです」