大学での学びの内容を知る(観光学系)②
〈和歌山大観光学部 佐野楓准教授インタビュー〉
「私はもともとマーケティングを専門に研究していたので、観光についてもマーケティングのアプローチを用いて分析・研究を行っています。私の研究は主に二つの領域に焦点を当てています。一つは『ソーシャルメディアマーケティング』、もう一つは『スマートツーリズム・ディスティネーション』です。
ソーシャルメディアマーケティングの研究では、観光地のプロモーションにおけるソーシャルメディアの効果的な活用方法を探っています。
これまでに行った研究の一つに、観光地の情報発信における感情的メッセージと実用的メッセージの効果の違いを分析したものがあります。ここでは、感情的メッセージとは『高野山の美しい風景』のような観光地の魅力を主観的な表現で描写し、観光地での体験を感覚的に伝えるもの、実用的メッセージとは『高野山へのアクセス方法』のような、現地で役立つ具体的な情報を正確に提供するものを指します。そのうえで、自治体がSNSで観光客を誘致する際に、より良いメッセージとはどのようなものかを調べるため、感情的メッセージを投稿するアカウントと実用的メッセージを投稿するアカウントに分けて効果を検証しました。この研究では、『来週和歌山に行こうと思っている人たち』のように近い将来にそこへ行く予定がある人は実用的メッセージの方に強く反応する一方、近いうちに行く予定ではないけれどいつか和歌山を訪れたいと思っている人たちは感情的メッセージの方に惹かれる傾向が見られました。時間的・心理的距離によって、対象に対する人間の気持ちは変化します。人間は近い未来のことは具体的に考え、遠い未来のことは抽象的に考える傾向があるので、観光客が実際に旅行に行くまでの期間によって、効果的なメッセージのタイプが異なるということになります。また、観光情報における情報源の信頼性に関する実験も行っています。BtoC(企業対消費者)とCtoC(消費者対消費者)のコミュニケーションチャンネルを比較し、知覚リスクの高低によって効果的なチャンネルが異なることを示しました。例えば、ある観光地で火山噴火があった直後など、観光客が『危険性がある場所』だと思っている場合は、自治体や観光協会などのBtoCチャンネルからの情報が信頼されやすい傾向があります。一方、普段は安全な観光地の場合、トリップアドバイザーやSNSの口コミなどのCtoCチャンネルからの情報の方が影響力を持つことがわかりました。
さらに、観光キャラクターの効果についても研究しています。和歌山県のマスコットキャラクター『わかぱん』を使った実験では、キャラクターのアカウントを使い、キャラクターが話している形式の投稿と、観光協会が通常行うような投稿とで同様の内容の投稿を行い、投稿に対する反応を比較しました。興味深いことに、『わかぱん』の投稿は海外の観光客から非常に好評で、日本人観光客を対象とした投稿と比較しても効果が高いことがわかりました。
その他、観光客の心理をよりよく理解するため、訪日中国人環境客の旅行ブログの分析も行っています。中国人観光客は旅行ブログに非常に詳細な情報を記載する傾向があり、2万字を越える文章と数百枚の写真を用いた記事も少なくありません。中国人観光客にとって日本は『安全な国』という認識なので、先ほど挙げた研究のように旅行者は他の旅行者の口コミを重視しており、このような旅行ブログの影響力はとても大きいのです。こういった旅行ブログを分析することで、観光客から見た日本のイメージの理解に役立てています」
■スマートツーリズム・ディスティネーションについて
「スマートツーリズム・ディスティネーションの研究では、GPSやビッグデータを活用して観光客の行動パターンを分析しています。例えば、大阪市内での外国人観光客の移動パターンを可視化し、観光客がどのように街を回遊しているのかを詳細に調査しています。この研究により、観光客の行動をより正確に把握し、効果的な観光施策の立案につなげることができます。
具体的には、位置情報のデータを使って、中国人、アメリカ人、韓国人観光客の移動パターンを分析しました。結果は国籍に関わらず、大阪城、難波、天王寺、USJ、海遊館などの主要観光地に集中する傾向が見られました。また、宿泊施設のデータ分析を通じて、観光による経済効果が一部の地域に偏っている現状が明らかになりました。大阪市内でも、観光客が集中する地域と、あまり訪れない地域があることがわかり、同地域内でも一方ではオーバーツーリズムの問題が起こっており他方ではインバウンドの恩恵が得られていないというような問題も可視化することができました。観光に関する問題は自治体だけでなく企業や個人など非常に多くの主体が関係しあって成立しているため、個の運動だけでできることには限界がありますが、こういったデータを分析することで、観光客を適切な場所や時間帯に誘導するなど、観光地の混雑緩和や周辺地域への波及効果の向上などにつなげていくことが期待されます。
また最近では、人工知能やガルバニック皮膚反応を用いて、観光情報の検索行動を分析する新しい研究にも取り組んでいます。ある観光について調べるときに、従来のGoogle検索を利用して調べものをする場合と、ChatGPTのような対話型AIへの質問を通して調べものをする場合の情報探索行動の違いを明らかにしようとしています。例えば、Googleでの検索では検索結果として得られる画像情報が多く、感情的な反応が早く現れる傾向がありますが、ChatGPTでは基本的に文章のみの情報提供となるため、反応が遅れる傾向が見られました」
■佐野准教授のゼミでの学生の学び
「私のゼミでは、学生たちが実践的なプロジェクトに取り組むことで、マーケティングの理論と実践を学んでいます。その中心となるのが『Sカレ』と呼ばれるビジネスコンテストへの参加です。Sカレは、企業から提示されたテーマに基づいて商品企画を行い、ビジネスコンテスト形式で競い合うプログラムです。学生たちは、市場調査からコンセプト立案、プレゼンテーションまで、一連のプロセスを経験します。この過程で、マーケティングの実践的なスキルだけでなく、チームワークやプレゼンテーション能力も磨かれていきます。
これまでに私のゼミの学生が実際に企画した商品の例をいくつか挙げると、例えば『SDGsに貢献する旅行商品』というテーマに対して、学生たちは『南紀白浜謎解きゲーム』を企画しました。この商品は実際に商品化され、地域の観光振興に貢献しています。また、『未来が書けるノート作り』というテーマに対しては、『風景印』を集めるノートを考案しました。これは、各地の郵便局で押印できる風景印を一冊で収集するためのノートで、『風景印集め』をアクティビティにすることで各地を巡り、地域の魅力を再発見するといったスタイルの観光を提案し、観光振興につなげるアイデアです。このプロジェクトは日本マーケティング学会賞も受賞しました。さらに、『デジタル化時代に必要な手帳』というテーマでは、学生たちがマネージャーの視点に立って、『部log』という部活に特化した手帳を企画しました。このアイデアも商品化され、実際に販売されています。
ゼミでは、学生たちが自ら目標を設定し、それに向かって主体的に取り組むことを重視しています。私は教材や理論的な枠組みは提供しますが、具体的な活動内容や進め方は学生たちに任せています。例えば、企業からの課題に対して、どのようにアプローチするか、どのようなリサーチを行うか、どのように企画をまとめるかなど、すべて学生たち自身で考え、実行します。『Sカレ』についても、学生たちはチームに分かれて自分たちで企画を練り上げていきます。時には企業へのインタビュー調査を行ったり、街頭でアンケートを実施したりと、積極的にフィールドワークも行います。コンテストへの参加を通じて、研究する楽しさだったり商品企画の楽しさだったりというような、マーケティングという研究活動そのものの楽しさも学生たちに味わってもらうことも、ゼミの大きな目的と考えています」
■和歌山大観光学部を目指す高校生へのメッセージ
「大学受験に向けて一番大切なのは、やはりしっかりと勉強することです。私自身、高校生の頃は勉強一筋でした。というよりはむしろ、大学受験があるため勉強に集中せざるを得ない状況でした。それでも、その先の学びのために必要な努力だったと思いますし、その努力は決して無駄にはなりません。
一方で、現在の大学入試は私の受験した頃とは大きく変わっています。以前は一般入試が主流でしたが、今では総合型選抜など様々な入試形態があり、学力試験以外の面でも学生を評価する入試が増えています。実際に、私のゼミにも総合型選抜で入学した学生がたくさんいます。彼らは自分の強みを生かして活躍しています。例えば、プレゼンテーション能力が高い学生や、リーダーシップを発揮できる学生など、さまざまな個性を持った学生が、自分の能力を発揮してそれを大学での学びや活動につなげています。
ですので、皆さんも自分の強みや得意なことを伸ばすという選択肢も持っておくとよいと思います。そのためには、自分の強みを活かせる入試があるかどうか、志望大学の入試情報をよく調べることも大切です。大学側も、勉強が得意な学生だけでなく、さまざまな個性や能力を持った学生を求めています。
観光学は、観光という対象に対して様々な方面からアプローチが可能な学問分野です。経済学、社会学、心理学、地理学、人類学など、実に多様な分野が関わっています。私自身、もともとはマーケティングを専門としていましたが、観光学部への着任をきっかけに観光について本格的に学び始め、マーケティングから観光についての研究を行っています。
このように、観光学は非常に幅広い分野です。そのため、皆さんが大学に入学してからも、自分の興味や関心に応じてさまざまな方向性で学ぶことができます。また、大学での学びは、高校までとは大きく異なります。自分で課題を見つけ、解決方法を考え、実践するという主体的な学びが求められます。そういった面でも、自分が何に興味があるのか、何が得意なのか、どういった場面で最も強みを発揮できるのか、といったことをよく理解しておくことは大切です」