大学での学びの内容を知る(医用工学系)②
本記事は大学での学びの内容を知る(医用工学系)①の続きの記事です。こちらも併せてご覧ください
■医療機器の素材とデバイスの研究
「私の研究は医療機器の開発に焦点を当てています。具体的には、素材の開発に関する研究を行っており、最終製品を作る段階までの研究はしていませんが、素材自体の性能や適合性に関する研究を深めています。例えば、人工肺は血液浄化装置の一種で腎臓が悪い患者に使用される透析装置と同様に、体外に血液を取り出し、酸素を付加した後、再び体内に戻す装置です。このような医療機器の素材として使用されるのは、血液との相性が良い、生体適合性の高い材料です。しかし、血液は体外に出ると凝固する性質があるため、素材の選定や表面処理が非常に重要です。例えば、人工肺の中で血液が流れる部分に血液が固まってしまうと血液が通れなくなり、装置が機能しなくなってしまいます。そのため、血液が固まりにくい材料の開発が求められています。
私たちの研究では、こうした材料の開発とその生体適合性のメカニズムを解明し、新しい材料の創出や、既存の材料の改良を目指しています。さらに、私たちの研究には、機械工学や流体工学、電子工学といった他分野の知識も必要です。例えば、血液の流れをシミュレーションする際には、流体工学の知識が不可欠ですし、センサやデバイスの開発には電子工学の知識が求められます。また血液との適合性には生物学の知識が重要となります。
研究は医療現場との密接な連携も必要です。医師たちからのフィードバックを受けて、実際に使用される状況を考慮した素材やデバイスの開発を進めています。医師たちは、新しい医療機器に対する具体的な要望を出しますが、その要望を実現するための技術的な設計や素材の選定は、私たち工学者の役割なのです。具体的な例として、コロナウイルスの重症患者に使用されるECMO(体外式膜型人工肺)があります。この装置は、患者の肺の機能を一時的に代替するために使用されますが、その使用時間は限られています。現在の技術では、ECMOの使用時間は6時間程度が限界です。しかし、重症患者の治療には2週間程度の使用が必要とされることが多く、これを実現するためには、さらに小型で長時間使用可能な人工肺の開発が求められています。そのためには、現在の材料や設計の改良だけでなく、新しい材料の開発や流体の管理方法の改善が必要です。例えば、血液の流速をコントロールすることで、血液が固まりにくくなることがわかっていますが、こうした知見を基に、新しい設計や材料の開発を進めています。
研究は、基礎研究から応用研究まで幅広くカバーしており、基礎研究では新しい材料の創出やその特性の解明を行い、応用研究では実際の医療機器への適用を目指しています。このように、多岐にわたる分野の知識と技術を融合させることで、新しい医療機器の開発を進めることができるのです」
写真 人工肺(テルモ製)
出典:東京大大学院工学系研究科バイオ
エンジニアリング専攻
■大学院生の進路
「理工学分野の研究室を修了したからといって、全ての学生が研究分野に就職する訳ではありません。東京大の学生の間でもコンサルティング業界やIT 業界は人気のある進路の一つとなっています。
バイオエンジニアリング専攻としての専門性を活かした就職先として医療機器メーカーも一定の人気があります。代表的な企業にはテルモ、オリンパス、ジョンソン&ジョンソン、富士フィルムなどがあります。これらの企業での職種は研究職だけでなく、製品開発やその他の業務にも広がっています。
その他製造業にも進む学生がいますが、これらの企業での職種は多様であり、日立製作所や東芝、ヤマハなどが含まれます。製造業に進む学生の中には、研究職よりも製品開発やその他の実務職に従事するケースが多くなっています。
IT 業界への進出も目立ちます。IT 業界は、今後の成長が期待される分野であり、大学院生にとっても魅力的な選択肢となっています。
このように学生の志望に応じてさまざまな進路が広がっていることが特徴です。
大学院に進学する学生も多く、修士課程を修了した後に博士課程に進む割合は約25%です。大学院での研究を続けたいと考える学生がこの進路を選ぶことが多いです。大学院に進学することで、専門的な研究を深めることができ、将来的なキャリアにおいてもより深く専門知識を活かすことが可能となります」
■高校生へのメッセージ
「高校生が大学院進学を見据えて準備する際には、基礎科学の学習が重要です。工学部では物理、化学、数学などの基礎科学の知識が必要です。工学と生命科学の学問を融合させる学問のバイオエンジニアリングに興味がある場合は、ライフサイエンス(生物学)の学びも有益ですが、大学院から生物学を学ぶことも可能です。大学院のカリキュラムでは、基礎学問に加えて、複数の分野に跨る知識を得ることが重視されますので、高校生の間は、幅広い分野に興味を持ち、基礎科学の知識を深めると良いでしょう。
また現在の技術開発では、異なる分野の知識を融合する能力が求められています。工学部では、複数の分野に触れ、幅広い知識を持つことがキャリアにおいて重要です。企業は一つの分野に限らず、多様な知識を持つ人材を求める傾向が強く、大学のカリキュラムもそれに合わせて柔軟に設計されています。大学院では、物理学、化学、数学などの基礎的な科学知識とともに、異なる分野の知識を融合させる教育が行われています。これは、将来的なキャリアにおいて多様なスキルを活かすために重要です。複合的な知識を持つことで、より多くの可能性を持つ人材として評価されることが期待されます。
また、これからは、リーダーとしてもっと上を目指す女性が増えるといいですね。東大の役割の一つは『日本を引っ張っていく人材を作ること』で、リーダーを育てる上で重要なのがロールモデルの存在です。私も研究の楽しさを伝え、学生を育てることに力を注いでいます。東大には人材育成に熱心な先生が多数おり、学生の能力を伸ばす環境が整っています。理工系で学びたいと考えているならば、ぜひチャレンジしてください」