〈早稲田大創造理工学部 中垣隆雄教授インタビュー〉
■研究の概要
「私の研究室では、二酸化炭素の分離・回収・固定化技術の開発に取り組んでいます。この研究は大きく3つのアプローチに分けられますが、それぞれが相互に関連しながら、CO 2 問題の解決に向けて包括的に取り組んでいます。
第一のアプローチは分離回収技術です。火力発電所、鉄鋼業、セメント産業といった大量のCO 2 を排出する施設において、排出されるガスの中からCO 2 だけを選択的に分離します。大気中のCO 2濃度は400ppm(0.04%)程度である一方で、石炭火力だと13%、天然ガスのコンバインドサイクルでは3~5%程度のCO 2 濃度があります。大気中からの回収も究極的には達成したいアプローチですが、薄いところから集めようとすると相対的にコストもエネルギーもかかりますから、まずは濃いところから大気中に排出される前にしっかり回収する方が効率的です。回収方法ですが、私が主に研究しているのは液体を使って吸収する方法です。排気ガスが煙突から出てくる途中で、上からアミン液という液体を雨のように降らせます。そうするとガスと液体が接触して、CO 2 だけが液体の中に取り込まれ、出てくるガスにはもうCO 2 がほとんど含まれない状態にできます。回収したCO 2 は別途処理を行う必要がありますが、大気中に放散することを未然に防ぐことができます。CO 2 を吸収した液体は120℃程度に加熱することでCO 2 だけが放出されるので、CO 2 を回収した後の液体は再利用が可能です。

第二のアプローチは地下貯留技術、いわゆるCCS(Carbon Capture andStorage)です。地中深くの砂岩層は、非常に小さな穴が無数にある状態で隙間がたくさんありますが、通常は海水に相当する塩水で満たされています。そこに先ほど説明したような手順で回収したCO 2 を超臨界状態で閉じ込めるのです。地上に漏れ出さないよう、砂岩層の上には不透水層であるキャップロックという蓋のような岩層がある場所を選びます。現在、北海道の苫小牧市で実証事業が行われていて、地下の砂岩層に実際にCO 2 が30万トン圧入されています。世界では現在、年間4000万~5000万トンがこの方法で地中に貯留されています。日本政府は2030年までに1000万~1200万トン、2050年までに1~2億トンの貯留を計画しており、日本近海だけでも100億トン以上のCO 2 を確実に貯蔵する地層が見つかっています。
しかし、この技術には技術的な面以上にさまざまな課題があります。まず圧入場所の決定において、近隣住民や漁業者との合意形成、漏洩に対する不安解消など社会的受容性の課題があります。2030年まで5年しかない中で本当に1000万トンもの圧入を開始できるかは不透明です。また、膨大なインフラ整備も必要で、CO 2 の回収・液化・輸送・貯留に至る一連の設備を20年程度で構築する必要があります。加えて地下貯留は1トンのCO 2 処理に1万円以上かかり、この費用は最終的に鉄の価格や電気代に転嫁され、消費者負担となります。利益を生まずCO 2 を大気中に放散させないためだけの価格上昇は理解を得ることが難しいので、もっと積極的なアプローチ、つまりCO 2 を使って利益を生む方法を考えようというのが第三の方法です。
第三の方法がCCU(Carbon Capture and Utilization)です。CCUはCO 2を使って何らかの有価物、つまり価値のあるものを作り、商売につなげる考え方です。CCUには大きく2つの方向性があります。1つは燃料やプラスチックなどの有機物を作る方法で、特に持続可能な航空燃料(SAF)については、大気から集めたCO 2 と水電解で作った水素を合成して燃料にする技術が研究されています。これは技術としては実現が可能ですが、CO 2 自体がもともと化石燃料からエネルギーを全て取り出した『燃えかす』のような存在で、そこから再び価値のあるものを作るには、元の燃料以上のエネルギーを投入しなければなりません。現在の技術の範囲では、まずはコストがかかりすぎるため採算が取れず、また合成するために新たに化石燃料からエネルギーを使用していてはCO 2 の削減になりませんが、合成のためにまかなえるほどの再生可能エネルギーがまだそこまで潤沢に手に入らないので、将来達成すべき課題として考えられています。
そこで私が特に力を入れているのが、もう1つの方法である無機物を作る方法です。平たく言うと、CO 2 をアルカリ土類金属によって炭酸塩として固定する方法です。例えば、海水を原料にしてコンクリートを製造することで、CO 2 を固体の有価物中に固定する技術を研究しています。海水中には大体3.5%の塩分が入っていて、その中にマグネシウムも大量に入っています。海水を煮詰めて分離操作を行い、いくつかの精製過程を経由して、炭酸マグネシウムという白い粉末状の物質を作ります。これがコンクリートの原料となります。
広島県の大崎上島では、火力発電所から分離回収したCO 2 が常に供給される実証拠点があり、そこで海水とCO 2 だけを使ったコンクリート製造の実証実験を行っています。強度としては従来の普通ポルトランドセメントと同等以上です。ただし、このコンクリートはほぼ中性のため鉄筋が錆びやすいことから、建築材料としては不向きで、当面は護岸用のテトラポッドなど、鉄筋を使わない用途での実用化を目指しています。この技術の特徴は、CO 2 を固定化できることと、従来のコンクリート製造で必要な石灰の採掘・加熱工程を不要にすることです。石灰からコンクリートを製造する場合は山から炭酸カルシウム(CaCO 3 )を掘ってきて加熱するため、加熱過程でのエネルギー消費に加えて石灰からセメントを作製する過程でもCO 2 が排出され、二重でCO 2 が排出される状態となります。一方でこの新技術では原料が海水なので、どこでも手に入り、分離操作に再生可能エネルギーを使えば原料以外のCO 2 は一切排出されません。
ただし、実用化には大きな課題があります。それがコストです。コンクリートは1リットルあたり数十円程度、水より安く販売されています。それに対してこの新しいコンクリートは、現時点のコストでは従来品と同価格での製造は困難です。コスト面で競い合えるような安価に達成できる技術は現時点では開発されていないので、CO 2 を排出しないコンクリートを普及させるには従来品との価格差を埋める支援制度や環境価値に対する社会的な仕組み作りが不可欠です。量の問題も深刻です。日本だけで年間10億トンものCO 2 が排出されている中、コンクリート1トンに固定できるのは100kg程度。全てをこの方法で処理しようとすると、想像を絶する量のコンクリートを製造する必要があります。それくらい本当にとてつもない量のCO 2 を排出していて、上記のような技術で固定できる量はそのごく一部にすぎません。それでも、少しずつでも確実に固定できる有価物に変えられることの価値は大きいと考えています。この点については、大量生産する体制を整えることができれば、スケールメリットによるコスト削減も期待できます。今後は量産化と社会で受け入れる仕組み、コストを回していく制度設計が重要となっています。
また、もう1つの固定化方法として、天然の岩石を使った風化促進技術も研究しています。手法としては、玄武岩、橄欖岩、蛇紋岩などの鉄とマグネシウムを多く含む岩石を粉末にして畑に散布します。植物の根の付近にはCO 2 濃度が10%近くあり、そこに雨が降ると炭酸水ができて岩石を溶かします。すると岩の中からカルシウムイオンやマグネシウムイオンが出てきて、炭酸水中のCO 2 と反応して固定化されます。この技術はEnhanced Rock Weathering(ERW)と呼ばれ、CO 2 の固定化だけではなく一石何鳥もの効果があります。例えば、岩石に含まれるシリカ、カルシウム、カリウムは肥料になり、イネや大豆などの収量向上が期待できます。また、畑から河川を通じて海洋に流れ込む水のアルカリ度を保つことにより、海洋がよりCO 2 を多く保持することのできる環境を維持することにもつながります。日本のような酸性土壌では従来石灰を撒いてpHを調整していましたが、その代わりに炭素を含まない岩石粉末を使うことで、CO 2固定化と土壌改良を同時に行うことができるのです」












