大学での学びの内容を知る⑤(生物系) 生物系の学びの実例~京都大農学部~
1生物系の学びの実例~京都大農学部~
京都大は、1897年に日本で2番目の帝国大学として創立された、128年の歴史と伝統を持つ大学である。京都大は自由で創造的研究を尊び、新たな知的価値の創出とそれを担う人材の養成によって「地球社会の調和ある共存に貢献すること」を理念としている。農学部は、この理念を農学的に具現化した「生命・食料・環境」を理念として、世代を超えた生命の持続、安全で高品質な食料の確保、環境劣化の抑制と劣化した環境の修復など、人類が直面している困難な課題の解決に取り組み、地球社会の調和ある共存に貢献する人材の育成を目的としている。具体的には、1、2年次には、さまざまな形態で開講される多種多様な科目で構成される全学共通科目を習得して、京都大が持つ大きな「知」に触れるとともに、専門科目についても導入を行う。3年次より所属学科の学問分野について、基礎から高度な内容に至るまで幅広く学習し専門的な実験、実習にも習熟する。4年次には研究室に所属し、最先端研究を行っている指導教員と相談して探究すべき課題をそれぞれが設定し、課題研究に取り組む。
図1 京都大大農学部資源生物科学科コースツリー

〈京都大 東南アジア地域研究研究所(農学部 兼担) 木村里子准教授インタビュー〉
■研究の概要
「私は海洋生物、特にイルカなどの海洋生態系の高次捕食者に位置する生物について研究を行っています。出発点は「生物音響」で、海洋生物の発する音を手がかりとした研究を中心に進めていました。現在では、技術の進歩に伴って観測手法は多様化し、音響だけでなくドローンやバイオロギング、分子生物学的指標なども用いて、さまざまな手法を武器に研究を進めています。絶滅が危惧されている生物の保全のためには、その生物の行動や生態を詳しく知る必要があります。飼育環境と自然環境では生物のふるまいも変わってくるので、自然環境で生物がいつ、どこで、どのように生活しているのかを正確に理解することはとても重要です。
例えば、保全活動のためには保護区が有用で世界各地で導入が進んでいます。保護区では、漁師さんなどに船での進入や漁を控えてもらう必要が出てきます。長年その地域で漁を営んできた方々からすると、生活のための仕事を制限する要請ですので、ただ漠然と『このエリアはダメです』と禁じることは非常に大きな負担を強いることとなります。しかし、生物の生態を詳しく把握することができれば、制限の時間帯や範囲を最小限に抑えることができ、協力していただきやすくすることにもつながります。具体的に『この時期のこの時間帯だけはこの生き物が繁殖をする大事な時期だから禁漁にしましょう』ということができれば、保全の効果を高めつつ地域社会や関係する皆さんの負担も少なくすることができます。
私の研究の主軸は音響による観測です。水中に音響機材を沈めて、海洋生物の発する音を収集し、モニタリングを行っています。私が特に注目している動物のひとつがスナメリというイルカの仲間です。このスナメリは瀬戸内海や伊勢湾・三河湾などに生息していて、沿岸性が高いため陸地からでも目撃されることがあります。一方で、群れサイズが小さく、背びれのないつるんとした見た目なこともあり、目視で発見できる頻度は低く、その生態をしっかり把握するための観察が難しい面がありました。
その点、音響機材を海に沈めておけば、調査期間中24時間休まず行うことができるので、どのくらいの時間帯に何頭のスナメリがいたのか、といった情報の把握が非常に行いやすいのです。1ヶ月毎日見に行ったら1回見られるかもしれない、というような低い観察頻度だと観察そのものがとても大変ですが、音響機材なら約1ヶ月連続でデータを得られるので、その中で例えば3回音が取れていた、夜にも取れていたということが分かれば、目視以上の知見を得ることができます。
また、発する音の種類の解析が進めば、生物がそこで何を行っているのかということも把握しやすくなります。イルカの仲間はエコーロケーションという、音を発して反射させることで周囲の環境を把握する方法を使って生活していますが、この音の使い方は特定の行動をとっているときには特有の特徴がみられます。例えば、餌となる魚を食べる前には獲物との間隔がどんどん近づいていくので、発する音の間隔が短くなる、ということが先行研究で明らかになっています。さらに、コミュニケーションに使っている音も個体差があるとか、地域差がある、つまり方言みたいなものがあるのではないかとも考えられています。
このように、音を聞き周囲の環境を分析する手法を中心に研究を行っていますが、最近はドローンを使った観測も行っています。ドローンの登場によって、空中から海洋生物の行動や生態を観察することは以前とは比較にならないほど手軽な手段となりました。上から見ることで、これまで横からだと波が立つと見えなかったスナメリも、はっきりと見えるようになりました。
これまでに観測が難しく、行動についてほとんど報告がなかったスナメリのような種でも、さまざまな観察ができるようになったのです。また、水中での音の分析と合わせることで、どのような行動をとっているときにどのような音を発しているのかということもわかります。このように私の研究にとって非常に強力な武器なのでさらに活用していきたいと考えています。
そのほか、バイオロギングという、野生の生物に行動や環境情報を記録する記録計(ロガー)を取り付けてその行動や生態を測る手法をスナメリに適用したこともあります。しかしこれは中国の特殊な環境で行った研究で、野生のイルカを対象とするととても難しく、最近はほとんど行えていません。ペンギンやアザラシのように営巣地を設ける生物であれば、営巣地でロガーを取り付けた個体がどこかへ出かけた後、営巣地へ戻ってきたタイミングでロガーを回収することができますが、イルカは次どこにその個体が現れるのかわからず、移動範囲も非常に広いので回収が非常に困難です。近年はロガーの性能の向上も著しく、記録だけでなく通信をできるものも登場しています。

写真1 ドローンから撮影したスナメリ
また、最近は、分子生物学的な手法を使ったテロメアの分析も行っています。こちらは主に水族館で飼育されている生物について観測を行っています。テロメアは、染色体の端のキャップで、さまざまな特徴がありますがその中に、ストレスにさらされると短くなるというものがあります。そこで、このテロメアの長さを測ることで、その生物がどの程度ストレスにさらされているかを測ることができるのです。例えば人工的な環境に変わってしまった森や川などにいる生き物と、同じ種ですごく自然豊かなところにいる生き物とで測ると、テロメアの長さが違うということが発見されていて、環境負荷でテロメアが短くなるということがすでにわかっています。

写真2 水族館での実験の様子
こういった研究は陸生哺乳類ではさまざまな種で行われていますが、これまで海棲哺乳類についてはほとんど研究がされてきていませんでした。そこで、水族館と共同で研究をはじめました。水族館では定期的に動物の健康診断をしていて、体調が悪くなった際にも血液採取をして、ホルモン値や血球の数を見ていますが、そういった機会でちょっとだけ多く血を取ってもらって、いただいて、大学でテロメアの長さを測っています。
ゆくゆくは飼育環境と自然環境での差なども調査したいのですが、野生のイルカは定期的に同一個体からサンプルを採取することが困難なので、まずは飼育個体で技術や知見を確立している段階です。現在は、同種のなかで個体差がどれくらいあるか、同一個体内でどれくらい変動するのか、種間でどの程度差があるのかといった点を調査しています」









